研究テーマの概要



 材料精製工学領域では結晶化学、固体化学、熱力学などをベースとして、 新しい物質やナノ構造を積極的に活用し新しい材料や素子を創り、 エネルギー製造省エネルギー環境との調和などの 社会課題のブレークスルーを目指して研究を行っています。


@ナノサイズ効果とナノ構造効果により新しい材料・素子を創る

 数百〜数千個の原子からなる大きさ数nmの結晶は、 アボガドロ数個の原子からなる大きな結晶(バルク結晶)とは、全く異なる性質を示します。 下の写真1は、大きさの異なるCdSeナノ結晶の発光の色、つまりエネルギーバンドギャップの違いを示したものです。 このように、大きさで色を変えられると、一つの材料を使ってフルカラーのディスプレイを作ったり、 様々な波長の光を吸収し効率よく電気エネルギーに変換する太陽電池を作ったりすることができます。


写真1.CdSeナノ結晶のコロイド溶液に
紫外線を照射したときの発光の様子
(A) ナノ結晶可視蛍光体・発光素子の研究
 直接遷移型半導体では、励起された電子や正孔の再結合エネルギーを光として取り出せ、ます。 大きさが数nmの半導体では、量子サイズ効果により取り出せる光の波長を、写真1のように大きさによりコントロールできます。 このような性質は高輝度な蛍光体として応用でき、LEDやEL、レーザなどの各種発光素子への利用が期待されています。 しかしながら、このような性質を発現する半導体としてCdSeが知られていますが、 Cdの毒性が実用化への障害になっています。
 我々のグループは、Cdを含まずに毒性の低い半導体ナノ結晶蛍光体を世界に先駆けて開発しました。 CuInS2やCuInSe2をベースとしたこの蛍光体は、CdSeと異なり3種類以上の元素からなり、 狙いどおり組成で化合物を合成するのにはちょっとしたテクニックが必要です。 反応に用いる溶液の組成の工夫により、狙い通りの化合物を作る技術を有する数少ない研究室です。 現在はその低毒性半導体ナノ結晶の性能向上と素子化に向けた研究を行ってます。 また、CuInS2やCuInSe2は太陽電池材料としても使用される半導体です。 これらの半導体のナノ結晶を使うと、非常に安く太陽電池を作ることができるので、 その視点からも注目されている材料です。


写真2. CuInS2-ZnS, CuInSe2ナノ結晶コロイド溶液の発光の様子

(B) ナノ結晶紫外蛍光体・発光素子の研究
 上記のように大きさを変えることで発光する波長を変えられるという性質は、目に見える可視光に限ったことではありません。 酸化亜鉛(ZnO)をナノ結晶にすると、紫外光で同じ効果を得られます。紫外線は、蛍光灯の励起光、殺菌衛生灯、 各種の配線パターンを形成するリソグラフィ用の光源、光触媒用の光源、ディスプレー用のブラックライトなど様々なところで応用されていますが、 現在はその光源として主に水銀灯が使われています。水銀は毒性の高い元素ですから、それを使わない光源が必要となっています。  
 我々のグループは、サイズによって発光波長を変えられる良質なZnOナノ結晶を世界に先駆けて開発しました。 現在はより高性能なZnOナノ結晶の合成法の開発と紫外EL素子の作製を研究しています。


写真3. 大きさと形が揃ったZnOナノ結晶の高分解能TEM像

(C) 半導体ナノ結晶を用いた超高効率太陽電池の研究
 太陽電池は光が照射された半導体中に生成する電子を取り出すことで発電しています。 通常のバルク結晶(大きな結晶)では、一つの光子(光の粒子)から一つの電子しか生成しません。 ところが、ナノ結晶では一つの光子から二つ、三つ・・・と複数の電子が生成する、マルチエキシトン生成とよばれる現象が観察されます。 一つの光子から複数の電子が生成するということは、取り出せる電流が2倍、3倍・・・になる、ということなので、 太陽電池の変換効率の飛躍的な向上につながる現象として、大きな期待がよせられています。 このような電池(量子ドット太陽電池)は、現在主にMBEなどの高価な設備を使った気相の薄膜成長法を使って作られたナノ結晶の薄膜で研究されています。 我々のグループでは、ビーカーとフラスコを用いてナノ結晶が大量に作ることができるコロイダル量子ドットの薄膜化で研究を進めています。 きわめて質の高い半導体ナノ結晶のコロイド溶液を作る技術がその基礎を支えています。


図1. ナノ結晶の配列を利用した超高効率量子ドット太陽電池の模式図


A新しい化合物の創製,ありふれた化合物への機能付与で新しい材料を創る

 世の中の技術革新の多くは「新しい物質」からなる新材料によってもたらされてきました。 私たちは“どの元素”を使って“どのような結晶構造”の物質を作れば、将来有望なおもしろい材料となりそうか、 という研究や、それとは全く逆に“誰もが知っているありふれた物質”“どのような仕掛け”をしてやると新しい機能が発現するか、 という研究にチャレンジしています。

(A) 空気中でも極めて安定なワイドバンドギャップ酸化物半導体の研究
 直接遷移型半導体は各種の発光素子に使うことができる魅力的な材料です。 半導体を使った光素子は、赤外線、可視光線、近紫外線と歴史とともに短波長化してきました。 今後もその要求は進み、より波長の短い紫外線の領域へと拡大されていくことは間違いありません。 そのような要求に応える材料として窒化ガリウムアルミニウム[(AlGa)N]が盛んに研究されています。 我々のグループでは空気中で非常に安定な酸化物半導体で、その要求に応える新材料を創り出すことにチャレンジしています。 これまでに、LiGaZn2O4というバンドギャップが約4eVの新物質を見出しており、 現在はその性質の詳細の解明と、良質結晶の作製方法を研究しています。


図2. 新しく発見されたワイドギャップ酸化物半導体LiGaZnO4の結晶構造

(B) 誰もが絶縁体と思っている物質に導電性を与える
 イオン結合からなる無機化合物の代表は、酸化物、硫化物、窒化物、ハロゲン化物などです。 これらのうち、ハロゲン化物を除く無機イオン性化合物では、半導体や金属的導電体、超伝導体などが既に知られています。 ハロゲン化物は、言ってみれば“食塩”のようなものですから、このなかを電子が動き導電性が発現するなどとは、 普通では考えられません。それを実現し、導電性無機化合物の歴史に新しい一コマを描き加えたいと思っています。


図3. ハロゲン化物は電子伝導性イオン性無機化合物のラストピース

(C) 固体電解質(イオン導電体)の導電性はどこまで大きくできる?
 固体のイオン導電体(固体電解質)は、固体酸化物形燃料電池やリチウムイオン電池などの二次電池の中核材料です。 固体電解質のイオン導電性が大きくなるとそれらの性能も飛躍的に向上します。ところでその導電性の限界はどれくらいなのでしょうか? その答えを知る人は誰もいません。「世界最高」の導電性に挑戦するのは今がチャンスです。一体どこまで大きくできるでしょうか・・・


図4. 固体酸化物形燃料電池の模式図