文部科学省 科学研究費補助金 学術変革領域研究(B)2021年度~2023年度

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表面水素工学 スピルオーバー水素の活用と量子トンネル効果の検証

領域概要

領域代表より

 気相の水素分子が、金属を介して酸化物表面上に原子状水素として流れ出し、高速に拡散する現象を『水素スピルオーバー』といいます。1964年に発見され、触媒分野では古くから知られる現象でありますが、応用技術が限定的であったため、次第に研究が下火になりその原理原則は未だブラックボックスのままであります。昨今、水素社会構築のための新技術が期待されていますが、そのなかで、触媒分野はもとより、水素燃料電池、水素貯蔵材料分野においても、水素スピルオーバーが関与していると思われる技術が散見されるようになりその重要性が再認識され始めています。

 一方で、『水素の量子トンネル効果』が、化学反応を制御できる可能性を秘めた新しい反応パラダイムとして近年注目されています。物質を粒子として扱う古典力学では、アレニウスの式に従い熱を加えれば反応が加速しますが、これとは異なり電子や質量の軽いH原子では波動性が顕著であるため、熱力学とは関係なく量子トンネル効果によってポテンシャル障壁を透過して化学反応が進む場合があります。もし量子トンネルを自在に制御することができれば、これまでの熱力学的および反応速度論的制御では成しえない新反応の創出が期待できます。

 そこで我々は、スピルオーバーを単なる現象論として片付けるのではなく、生成した活性水素種を使いこなすための制御因子を正しく理解し、またその画期的な活用法を提案することを目的としています。さらに、水素スピルオーバーと量子トンネル効果の関与を検証し、従来の速度論的・熱力学的概念を覆す新たな反応制御のパラダイムとして利用するための学理『表面水素工学』の構築を目指していきます。この目的を達成するため、材料化学、触媒化学、電気化学、表面科学、理論計算を専門とする異分野の研究者が集い本領域を立ち上げました。

固体表面の動的水素を使いこなす

表面水素工学 領域代表 森 浩亮
大阪大学大学院工学研究科 准教授

取り組み

 本領域の大きな達成課題は、『革新的応用分野の提案』『制御因子解明・学理構築』『量子トンネル効果の検証』であります。実験班の森グループ(A01班)本倉グループ(A02班)青木グループ(A03班)は、それぞれ革新材料合成、新触媒プロセス、電気化学セルの開発に取り組み、水素スピルオーバーの新たな利用法を提案していきます。同じく実験班の三輪グループ(A04班)は、水素様素粒子であるミュオンをプローブにスピルオーバー水素の動的な挙動を直接観察し、電荷、存在位置、拡散速度などの基礎情報取得を目指します。実験班は同時に、各分野における量子トンネル効果の関与を検証も行います。理論計算班の日沼グループ(A05班)は、スピルオーバーメカニズムの理論的・系統的理解を独自に進め、さらに実験班に対し理論的裏付けの提供、あるいは理論的な提言を行っていきます。

 

展望

『水素の利用技術』は、エネルギー戦略の中心に位置づけられるとともに、今後の日本の経済成長を支える成長戦略の中でも中核を担っています。本領域研究の主題である『高速に固体表面を移動する高活性なスピルオーバー水素を自在に操る指導原理の構築』は、水素の製造、貯蔵、輸送、利用技術はもとより、さらにその先を見据えた次世代水素社会のキーテクノロジーになりうると確信しています