学生・若手の活動報告

海外武者修行プログラム・海外語学研修参加報告

計算機シミュレーションを利用したスピノーダル相分解によるミクロ組織形成過程の解析 at VTT Technical Research Centre of Finland
大阪大学・工・マテリアル生産科学専攻 鈴木賢紀

1. フィンランド・VTT滞在における研究の目的
現在、SiO2系のガラスなど種々の材料において、熱処理の過程で単一相から別の組成を持つ第2相が自発的に生成する分相現象の発生が知られている。特に、スピノーダル分解によるガラスの分相現象においては、片方の相を酸で除去することによって3次元的に繋がった微細孔組織を有するガラスが得られ、不純物除去フィルターなどへの応用が期待できる。
廃ガラスや溶融ごみ処理から生じるスラグの再資源化のために、筆者らはスラグの成分を含む多成分系ガラスに対し分相が生じる組成・温度域の予測を行い、分相組織を有するガラスならびに微細孔材の材料設計を試みている1)。過去の研究では、スラグの成分を含むSiO2-CaO-MgO-Na2O系のガラスに対して、スピノーダル分解により生じるミクロ組織の大きさが組成によって異なることを実験的に見出した2)。スピノーダル相分解の過程ではなだらかな濃度勾配を持つ2相界面の形成に伴い過剰のエネルギーが生成し、ミクロ組織の成長挙動に影響を及ぼすと考えられる。しかし、特に酸化物ガラスの分相については、ミクロ組織の形成に及ぼす界面過剰エネルギーの影響について具体的な検討が行われていない。
ガラスの相分解によるミクロ組織の形成には、物質拡散や上述の界面過剰エネルギーなど様々な要素が影響すると考えられる。実験ではミクロ組織の成長に及ぼすこれらの因子の影響を独立に評価することは困難であり、計算機シミュレーションを利用した解析が有効と考えられる。
今回の海外滞在においては、計算機シミュレーションによる物理現象の高性能な解析技術を有するVTT Technical Research Centre of Finland, Process ChemistryのPertti Koukkari博士らの御指導の下、同博士らにより近年考案されたConstrained Gibbs Energy Minimizing法3)を用い、多成分系ガラス材の相分解によるミクロ組織形成に及ぼす界面過剰エネルギーの影響を定量的に評価するための基礎研究として、不混和を生じる2元系の合金および酸化物ガラスを対象とし、スピノーダル相分解において2相界面に生じる過剰エネルギーの定量的評価を試みることを目的とした。

2. フィンランド・VTTの研究設備とその周辺環境
今回私が滞在したVTT Technical Research Centre of Finlandはフィンランドの首都ヘルシンキから約10km以西のエスポー市内に位置し、計算機シミュレーションや各種実験に基づく物理現象の高性能な解析技術を有する国立の研究機関である。北欧諸国において重要な産業である製紙工業や情報工学、エネルギー産業などに関連した様々な分野で研究活動を行っている。 また、敷地内に隣接するヘルシンキ工科大学と多方面で相互に連携し、計算機シミュレーションを主体とした研究活動を行っている。ヘルシンキ工科大学内の図書館や学生食堂など各種施設を共同で利用でき、さらに敷地内には学生寮やスーパーマーケットなど福利施設も充実している。

3. フィンランド・VTT滞在期間中の生活
フィンランド・VTT 滞在期間中における活動時間の始まりは日本での生活と比べてやや早く、朝9時のCoffee breakには既に多くの研究者が小休憩に訪れていた。その分、活動を終了する時間も比較的早く、私も遅くとも夜7時には帰宅して、自炊など余暇を過ごしていた。このようなコンパクトな就労時間は、研究活動を進める上で効率的であると感じた。
VTT の位置するエスポー市から市街地へはバスや鉄道を中心に交通網が充実しており、ヘルシンキ市内への移動も容易であった。写真はヘルシンキ大聖堂の観光の際に撮影した。

 

4. 研究成果
本研究において、スピノーダル相分解現象の解析に用いたConstrained Gibbs Energy Minimizing法3)は、材料表面や界面を含む系全体の自由エネルギー最小化の原理から不均一系における界面エネルギーなどの物性値を推算する新規の手法である。本研究ではまず、bcc固溶体相において準安定不混和を生じるFe-Cr系合金を対象とし、拡散現象の定式化に基づきスピノーダル相分解過程を再現するCahn-Hilliardの式4)を適用し、計算機シミュレーションによる解析を行った。その結果、各位置に対して平均組成からの微小なずれを有する1次元空間を初期状態とした際には、化学ポテンシャルの勾配に基づく負の拡散から相分解が進行し、最終的に組成の異なる2相による複合組織が形成される様子を再現することができた。さらに、上述のConstrained Gibbs Energy Minimizing法をCahn-Hilliardの式に導入することにより、2相の界面に生じる過剰エネルギーの値を見積もることができた。
次に、以上の解析手法を2元系酸化物ガラスの分相に拡張し、ガラスを過冷却液体とみなした上で、スピノーダル相分解現象の解析を試みた。しかしながら今回の段階では、ガラスの分相における界面過剰エネルギーの定量的な評価には至らなかった。酸化物ガラスは合金系と異なり複雑な構造的性質を有するため、相分解過程における界面過剰エネルギーの評価のためには、注目する位置に対する化学ポテンシャルにおける隣接位置の組成の影響を厳密に考察する必要がある。

 

謝辞 本研究の成果は、VTT Technical Research Centre of Finland, Process ChemistryのGroup ManagerであるPertti Koukkari博士らの御指導の下、同研究機関において開発された物理現象のシミュレーション解析ソフトウエアChemSheetの利用により得られた。また、本研究は、研究拠点形成費補助金グローバルCOEプログラム「構造・機能先進材料デザイン教育研究拠点」(大阪大学)の研究費支援の下に実施された。

<参考文献>
1) M.Suzuki, T.Tanaka: "Prediction of Phase Separation in Silicate Glass for the Creation of Value-added Materials from Waste Slag”, ISIJ Int., 46(10), pp.1391-1395 (2006).
2) M.Suzuki, T.Tanaka: "Composition Dependence of Microstructures formed by Phase Separation in Multi-component Silicate Glass”, ISIJ Int., 48(4), pp.405-411 (2008).
3) P.Koukkari, R.Pajarre, K.Hack: “Constrained Gibbs energy mini- misation”, Int. J. Mat. Res., 98(10), pp.926-933 (2008).
4) J.Cahn: “Phase Separation by Spinodal Decomposition in Isotropic Systems”, J. Chem. Phys., 42(1), pp.93-99 (1965).